俊哉のいる工場が落ち着きを取り戻したのは休日出勤した日から三日経った水曜日のことだった。
オッチャン達は一段落ついたからと、仕事の後で飲みに行く相談をしていた。
俊哉はあまり気が進まなかったが、「俊坊にも迷惑かけたしな。一杯奢らせてくれ。」と言うオッチャンの言葉に断ることも出来ず、つきあうことにした。
俊哉が気乗りしないのには理由があった。
オッチャン達が飲みに行く店というのは、郁美が勤めている店だった。
寂れた商店街の外れにある焼鳥屋で「味鳥」という。郁美の叔父だか従兄弟だかがやっているのだが、
俊哉の知る限りでは、この店の忙しいところを見たことがない。
俊哉が店に顔を出すと郁美は喜ぶが、店の親爺が何かと俊哉に小言を言うのが嫌なのだ。
「そんな安月給じゃ、郁美はやれない。」
「何で髪の色を染めるんだ?」
俊哉の他にどんな客がいても全くお構いなしだ。
「本当に放っといてくれ。」と俊哉は思う。
オッチャン達は俊哉と郁美がつきあっていることは知っていて、冷やかすことはもうないのだが、
親爺の言葉に小さくなる俊哉のためにビールを追加したり、咳払いをしたりして牽制してくれる。
俊哉は俊哉で、郁美のすまなさそうな顔を見ると、
オッチャン達の話に相づちを打ちながら、ちびちびとビールを飲む他なかった。
店に置いてあるラジオがナイター中継をやっていて、
このゲームに勝てばジャイアンツは七連勝になるとアナウンサーが興奮して喋っている。
俊哉はジャイアンツが嫌いだ。
金に物を言わせてかき集めたスター選手ばかりのチームが勝って、何が面白いというのだろう。
紳士のスポーツが聞いてあきれるぜ、と俊哉は思う。
野球には殆ど興味はないが、ジャイアンツが負けるとつい喜んでしまう。
そんな俊哉を察してか、郁美はラジオのチャンネルを歌番組に変えた。
といっても、オッチャン達の手前、最新のヒットチャートとは無縁の演歌番組ではあったが。
「そうか、そんなことがあったんだ。」
カウンターの奥で洗い物をしていた郁美にビールの追加を頼みかけたとき、
隣に座っていた源さんがぼそっとつぶやいた。
オッチャン達の会話のピークが過ぎ、会社の愚痴が出始めた頃から俊哉はほとんどその内容を聞き流していた。
ただ、源さんの一言が妙に引っかかり、その後を待った。
「しかしなあ、別れちまったとはいえ、カミさんだったんだもんなあ。」
話の要領を得ない俊哉の目がオッチャンにいった。けれどオッチャンは俯いたまま黙っている。
他のオッチャン達も黙りこくってしまった。ラジオから流れる祭歌がひどく耳障りだった。