「なになに、みんなどうしたんスか?」
堪りかねた俊哉が思わず大きな声を出してしまった。
「なんだ、俊坊、今の話聞いてなかったのか?」
源さんが少し怒った風に言った。そして、まるで幼児を諭すようにことの成り行きを話してくれた。
話の発端はオッチャンが「北海道に帰ろうかと思っているんだ。」と言ったことだった。
オッチャンには別れた奥さんがいて、実家のある旭川で再婚もせずに娘と何故かオッチャンの母親の三人で暮らしている。そのことはいつだったか俊哉もオッチャンから聞いたことがあった。その奥さんが乳ガンで入院しているというのだ。
「でな、奥さんも気弱になったんだろうが、先週の土曜に父さん、リフトでやっちまっただろう。あの前の番、電話があったんだと。『帰ってきてくれねえか』ってさ。」
そういえば確かにあの日のオッチャンはどことなくおかしかった。「夏風邪でも引いたかな?」ぐらいにしか俊哉は思わなかったのだが。
「別れたっていってもな、嫌いになって分かれた訳じゃねえんだよ。父さんは。そうしなけりゃならない事情ってもんがあったんだ。」
オッチャンが顔を上げ話を遮ろうとするが、源さんは止めようとはしなかった。
「父さん、随分前にウチより小さな工場やってたんだ。父さんはほら、腕がいいから最初は良かったんだ。でもな、幾ら腕の立つ職人でも商才はなかったんだよなあ。その上、お人好しっていうか、知り合いの保証人になってやったはいいが不渡り掴まされて、結局、三年ももたずに潰しちまったんだ。大きい借金までこさえちまってなあ。」
オッチャンの債務額は二千万円を超えていて、その取り立ては想像を絶するほど凄いものだったらしい。ノイローゼ気味になった奥さんの身を案じて、ひとまず実家のある旭川で母親と同居させることにしてはみたものの、オッチャンの溜息は途切れることはなかった。
申請していた破産宣告もなかなか許可が下りなかったのも痛かった。そうこうしているうちに借金取りが旭川にまで来るようになってしまい、このままでは埒があかないと判断したオッチャンは形式上、離婚を決意したのである。
余りにも大きな喪失感を抱えてオッチャンは朝晩問わずに働き続けた。申請が受理された後でもそれは変わらなかった。失ったものを取り戻すのは不可能だと解っていても、オッチャンは走り続けたのである。