あとがき

2006-07-10

幼児期、兄弟もおらず片親で育ったせいか、絵を描いたり、本を読んだりすることが遊びだった。
親父が看板描きだったこともあり、その手の材料はいくらでもあったから一日中好きなだけ描いていた。
壁や床を絵の具で汚しても怒る母親は存在しなかったし、子供を不憫に思う親父もまた怒らなかった。
今の仕事を選んだのもそんな過去のおかげかもしれない。
小学5年生のとき、クラスメートの女の子(直子ちゃんといって、大人になってから舞台女優になった)が書いた短編小説(内容は忘れてしまったが)が学芸会で劇化されることがあって、それに触発され俺も文章を書くようになった。
俺の尊敬するアートディレクターの田島さんは写真や絵だけでなく、文章もすごくいい。ホラー小説家としての側面もあるほどだ。
デザイナーやフォトグラファーとしてもすごくあこがれるのだが、小説家としての田島さんも凄くあこがれる。尾崎に関して言えば、須藤さんの文章より田島さんの文章の方が好きだったりする。

流石に十代のリリカルな部分を書くことはできないが、20代前半の、まだ大人になりきれない青年の話を書いてみたかった。
「彼と彼女」という話はフィクションではあるけれど、なんとなく自分の一部が出ているような気がする。
作家デビューといきたいところだが、世の中そんなに甘いモンじゃないので、ここで発表させてもらいます。
皆さんの感想を聞かせてください。clipsみたいにスルーは嫌よw

あー、ブログっていうのがあって良かったw

彼と彼女8

2006-07-10

オッチャンが会社を辞めたこともあって、俊哉達は再び忙しくなった。
オッチャン達は何事もなかったかのようにその手を休めず、黙々と働いている。
俊哉もまた懸命に働いた。
それまでの仕事に加え、今までオッチャンがやっていた溶接を、合間を見つけては練習するようになった。何度も目を焼いて充血したり、あちこち火傷したりで大変なのだが、俊哉はそれを苦痛に感じなかった。
家に帰っても疲れ切って眠るだけの暮らしにあれほど嫌気がさしていたはずなのに、
今はそれが何故か妙に心地いい、と俊哉は感じていた。

<了>

彼と彼女7

2006-07-10

時計の針が後もう少しで11時になろうとしていた。
客は俊哉達だけになってしまい、店の親爺は今日の上がりを計算している。
郁美が小さな欠伸をした。俊哉はオッチャンを見た。
オッチャンはビールのコップを握ったまま俯いている。
その皺だらけの手を見て、ただ仕事の苦労だけで出来た訳じゃないんだな、と俊哉は思う。
誰が言い出したわけではないが、自然とお開きになった。
俊哉はなんだか郁美と話したくなってもう少し店に残っていることにした。
オッチャンが帰りがけに俊哉の肩をぽんとたたいて出ていった。

「オッチャンの手は家族を守るために傷ついてきたんだ。」
ふと、俊哉は自分の手を見てみる。
「俺は今まで誰かに守られてばっかりだったんじゃないかな。これからは誰かを守っていくことが出来るのだろうか。」
俊哉がそんなことを考えていたとき、郁美はカウンターに突っ伏して静かな寝息を立てていた。

彼と彼女6

2006-07-10

「なになに、みんなどうしたんスか?」

堪りかねた俊哉が思わず大きな声を出してしまった。

「なんだ、俊坊、今の話聞いてなかったのか?」

源さんが少し怒った風に言った。そして、まるで幼児を諭すようにことの成り行きを話してくれた。
話の発端はオッチャンが「北海道に帰ろうかと思っているんだ。」と言ったことだった。
オッチャンには別れた奥さんがいて、実家のある旭川で再婚もせずに娘と何故かオッチャンの母親の三人で暮らしている。そのことはいつだったか俊哉もオッチャンから聞いたことがあった。その奥さんが乳ガンで入院しているというのだ。

「でな、奥さんも気弱になったんだろうが、先週の土曜に父さん、リフトでやっちまっただろう。あの前の番、電話があったんだと。『帰ってきてくれねえか』ってさ。」

そういえば確かにあの日のオッチャンはどことなくおかしかった。「夏風邪でも引いたかな?」ぐらいにしか俊哉は思わなかったのだが。

「別れたっていってもな、嫌いになって分かれた訳じゃねえんだよ。父さんは。そうしなけりゃならない事情ってもんがあったんだ。」

オッチャンが顔を上げ話を遮ろうとするが、源さんは止めようとはしなかった。

「父さん、随分前にウチより小さな工場やってたんだ。父さんはほら、腕がいいから最初は良かったんだ。でもな、幾ら腕の立つ職人でも商才はなかったんだよなあ。その上、お人好しっていうか、知り合いの保証人になってやったはいいが不渡り掴まされて、結局、三年ももたずに潰しちまったんだ。大きい借金までこさえちまってなあ。」

オッチャンの債務額は二千万円を超えていて、その取り立ては想像を絶するほど凄いものだったらしい。ノイローゼ気味になった奥さんの身を案じて、ひとまず実家のある旭川で母親と同居させることにしてはみたものの、オッチャンの溜息は途切れることはなかった。
申請していた破産宣告もなかなか許可が下りなかったのも痛かった。そうこうしているうちに借金取りが旭川にまで来るようになってしまい、このままでは埒があかないと判断したオッチャンは形式上、離婚を決意したのである。
余りにも大きな喪失感を抱えてオッチャンは朝晩問わずに働き続けた。申請が受理された後でもそれは変わらなかった。失ったものを取り戻すのは不可能だと解っていても、オッチャンは走り続けたのである。

彼と彼女5

2006-07-10

俊哉のいる工場が落ち着きを取り戻したのは休日出勤した日から三日経った水曜日のことだった。
オッチャン達は一段落ついたからと、仕事の後で飲みに行く相談をしていた。
俊哉はあまり気が進まなかったが、「俊坊にも迷惑かけたしな。一杯奢らせてくれ。」と言うオッチャンの言葉に断ることも出来ず、つきあうことにした。

俊哉が気乗りしないのには理由があった。
オッチャン達が飲みに行く店というのは、郁美が勤めている店だった。
寂れた商店街の外れにある焼鳥屋で「味鳥」という。郁美の叔父だか従兄弟だかがやっているのだが、
俊哉の知る限りでは、この店の忙しいところを見たことがない。
俊哉が店に顔を出すと郁美は喜ぶが、店の親爺が何かと俊哉に小言を言うのが嫌なのだ。
「そんな安月給じゃ、郁美はやれない。」
「何で髪の色を染めるんだ?」
俊哉の他にどんな客がいても全くお構いなしだ。
「本当に放っといてくれ。」と俊哉は思う。

オッチャン達は俊哉と郁美がつきあっていることは知っていて、冷やかすことはもうないのだが、
親爺の言葉に小さくなる俊哉のためにビールを追加したり、咳払いをしたりして牽制してくれる。
俊哉は俊哉で、郁美のすまなさそうな顔を見ると、
オッチャン達の話に相づちを打ちながら、ちびちびとビールを飲む他なかった。
店に置いてあるラジオがナイター中継をやっていて、
このゲームに勝てばジャイアンツは七連勝になるとアナウンサーが興奮して喋っている。
俊哉はジャイアンツが嫌いだ。
金に物を言わせてかき集めたスター選手ばかりのチームが勝って、何が面白いというのだろう。
紳士のスポーツが聞いてあきれるぜ、と俊哉は思う。
野球には殆ど興味はないが、ジャイアンツが負けるとつい喜んでしまう。
そんな俊哉を察してか、郁美はラジオのチャンネルを歌番組に変えた。
といっても、オッチャン達の手前、最新のヒットチャートとは無縁の演歌番組ではあったが。

「そうか、そんなことがあったんだ。」

カウンターの奥で洗い物をしていた郁美にビールの追加を頼みかけたとき、
隣に座っていた源さんがぼそっとつぶやいた。
オッチャン達の会話のピークが過ぎ、会社の愚痴が出始めた頃から俊哉はほとんどその内容を聞き流していた。
ただ、源さんの一言が妙に引っかかり、その後を待った。

「しかしなあ、別れちまったとはいえ、カミさんだったんだもんなあ。」

話の要領を得ない俊哉の目がオッチャンにいった。けれどオッチャンは俯いたまま黙っている。
他のオッチャン達も黙りこくってしまった。ラジオから流れる祭歌がひどく耳障りだった。

彼と彼女4

2006-07-10

俊哉が出勤すると、いつも使っているプレス機の上に缶コーヒーが置いてあった。
それは自分の失敗で休日出勤を余儀なくされた俊哉へのオッチャンの心遣いであることはすぐに解った。
「そんなに気を使うことねえのにな。」
通りかかった事務員に「オッチャンは?」と聞くと、「もう上で仕事しているわよ。」と教えてくれた。
俊哉が二階に上がると、オッチャンはバリバリと音を立てながら溶接をしていた。
声をかけると「オウ。」とだけ短い返事が返ってきた。
実は俊哉はこのオッチャンをとても尊敬していて、
「俺も早くオッチャンみたいになりてえ。」と思っている。

オッチャンは足が悪い。いつも大儀そうに足を引きずって歩いているのだが、仕事はとても速いのだ。
「要は段取りだ。仕事の九割は段取りで決まるもんだ。」は、オッチャンの口癖だ。
他のオッチャン達も「父さんにはついていけねえや。」という。
オッチャンは俊哉以外の仲間達からは「父さん」と呼ばれていて、
訳を聞くと、その昔、仲間内でオッチャンに一番早く子供が出来たからだそうだ。
俊哉は持ち場に戻り、今日一日の段取りに取りかかった。
「今日も長い一日になりそうだ。」
暫くして、静かな工場団地の朝に俊哉の鉄板を打ち抜く音が響き始めた。

彼と彼女3

2006-07-10

どれくらい眠っていたんだろう・・・。
まだ体が鉛の様に重い・・・。
それにしても昨日は最悪だった・・・。
スケジュール狂っちまったな・・・。
オッチャン、一体どうしたんだろうな・・・。
らしくねえや・・・。

遠い意識の中で俊哉がぼんやりと考えていたとき、不意に携帯が鳴った。郁美からだった。
「オウ。」
自分でも無愛想な返事だなと思いつつ答えるが郁美の反応がない。
こんな時の郁美は明らかに怒っているのだが、俊哉にはその理由が皆目見当がつかなかった。
「俊ちゃん、今日はあたしとプールに行くって言ってたよね。夕べも電話してくれるって言ってたよね。」

郁美にそこまで言われてから俊哉は、そういえば先週会った時にそんな話をしていたのを思い出した。
郁美がやっと車の免許を取ったので、俊哉の車で何処かに行こうと言う事になっていたのである。
普段俊哉はまめに郁美に連絡しているのだが、今週に限っては事情が違った。
短納期の仕事が急に飛び込んできて、普段は殆どしない残業を余儀なくされたのである。
この不景気にありがたいと社長は喜んだが、俊哉は顔をしかめた。
そして、昨日。
「オッチャン」の一人が俊哉の仕上げた製品をリフトで運ぶ際に荷崩れを起こしてしまい、
丸二日間かかったその仕事を俊哉は一からやり直さなければならなくなったのである。
怪我人が出なかったのがせめてもの救いだったが、俊哉は休日出勤を覚悟しなければならなかった。

「悪い、実は行けなくなっちまったんだ。」

電話の向こう側でふくれっ面になっているであろう郁美に俊哉は手短にこの一週間の出来事を説明した。そしてこれから出勤なんだと言いかけた時、それまで黙っていた郁美が口を開いた。
「解った。もういい。でも次は必ずだよ。水着だって新しいの買ってたんだからね。とにかく今夜連絡して。」
一気にそうまくし立てた郁美は、さらに追い打ちをかけるように言って電話を切った。
「ウソツキ。」
郁美が怒るのも解るが俊哉にしたって好きでそうした訳じゃない。
「チェッ。」
舌打ちしてみても、なんだか仕事を言い訳にしたみたいで嫌な気分になった。
時計を見る。時間がない。汚れたままの作業着を掴んで俊哉は部屋を出た。

彼と彼女2

2006-07-10

俊哉が地元の高校を出て今の工場に勤め始めてからもう五年になる。
大きなプレス機の前で一日中何千枚という鉄板を打ち抜いている。
そんな単調な仕事を今まで続けてこれたのは機械相手の仕事だったからだろう。
客商売なら半年ももたなかったに違いない。
学生時代にやったファーストフードやコンビニのアルバイトでさえ三ヶ月と続かなかったのである。
特別人間嫌いという訳ではなかったが、
あの偽善に満ちた笑顔というものを俊哉はどうしても作ることが出来なかった。
納得出来ない事もあったし、バイト仲間との会話も煩わしく感じていた。
その点、機械相手の仕事なら下手な作り笑いをしなくて済むし、裏切られる事も滅多にない。
もしあるとすれば、それは単に整備不良だったり、金型をセットし損ねたした時ぐらいのもので、
その事に多少いらつく事はあっても理不尽を覚える事はない。
それに同僚、といっても殆どが五十を過ぎた親爺達ばかりで、俊哉と同年代の子は一人もいなかった。
俊哉は彼らを親しみを込めて、皆同じように「オッチャン」と呼んだ。
「オッチャン」達は俊哉を「俊坊」と呼び、自分の息子の様に可愛がってくれた。
面白い事に俊哉が誰に対しても「オッチャン」と呼ぶのに
「オッチャン」達は誰が呼ばれているのか何故か解っているのである。
客にぺこぺこ頭を下げる仕事なんてまっぴらだと思っている俊哉にとって此処は天国ではないにしろ、
少なくとも凌ぎ易い場所ではあった。

彼と彼女1

2006-07-10

仕事を終えて家に帰ると既に日付は変わっていて、
やっとの思いでTVをつけると
深夜のニュース番組が「昨日の情報を今まで何も知らなかったの?」と言わんばかりに流れ出す。
「俺の一日はまだ終わっちゃいねーんだよ。」
独り愚痴た処で一日中労働に費やした汗を落とすのが精一杯だった。
今日と明日を強引にすり替えて眠る暮らしにぶつけるものを俊哉はまだ持っていない。

彼はマスターの「hero」なんだ…

2006-07-10

先日、「HERO」特別版が放送され、高視聴率をマークしたらしい。
キムタク人気健在といったところか。
別にキムタクや松たか子のファンではないが、脇を固める個性派俳優のコミカルな演技に惹かれて前のシリーズの時から観ていた。
中でも一番好きなキャラは田中要次さんが演じるバーのマスターだ。
「あるよ。」だけの台詞が妙にいい感じで、まさに味のある演技なのだ。
今回の特別版でも「あるよ。」が聞けて嬉しかった。
どうもあのマスターとは違う設定の役みたいだったけど…最後に「ないよ。」と言ったのは俺の聞き違いだったのかなぁ…。

田中さんのプロフィールを見ると、長野県出身の43歳、身長178cm、A型で、最初は国鉄(民営化後はJR東海)に就職、1990年から俳優業を始めたそうだ。
wikipadiaでは「一瞬でも一度見たら忘れられないその顔立ちから「サブリミナル俳優」の異名を取る。」と紹介されている。なるほどね。確かに忘れられないw 
でもいい男の顔だと思うけどなぁ。

彼のあの役は「居酒屋ゆたか」のマスターのあこがれである。