どーでもえーがな話

2006-07-04

今更言うことでもないが、映画好きの人は多い。
かつては俺もそのうちの一人だった。
が、年々テレビや雑誌などの媒体で新作劇場公開の予告がガンガンやっていても劇場に足を運ぶこともなく、tsutayaでビデオやDVDを借りに行くことも減った。
今は死語となったカウチポテト族だった俺が、である。
衛星放送も以前より観なくなった。
仕事が忙しく観る時間が無くなったというのもあるだろうが、CGの技術が進歩して行くにつれ映像から刺激を受ける事が苦痛になってきた感じがする。
技術を見せたいのか、ストーリーを見せたいのかわからないものも多いせいか。
いや、それを受け入れられない歳のせいだろうか。
いずれにしても脳に埋め込んだ電極に電流を流されるような感じが否めないのだ。

映画を観て何を得たいかは人それぞれだろうが、俺的には「じ~んと感動したい」のだ。
勿論ハラハラドキドキするものもいいのだが、後で疲れがどっと来てしまう。
ジェットコースターに乗った後みたいだ。
肩の力を抜いて、淡々と進むストーリーの中で主人公達の気持ちに自分の心を重ね合わせる。
そして泣き、笑う。
これこそが映画の醍醐味なんだと思う。

基本的に同じストーリーなんだけど何度観ても飽きない「寅さん」シリーズは俺が死ぬまで見続けることの出来る唯一の映画だろう。
「ああ野麦峠」も良かった。
モロボシダンが女工を手込めにするのには笑ったが。
邦画には邦画なりの良さがある。
そこを見逃してはいけないだろう。

テレビではMI-3の予告が大々的に展開されている。
ま、2年もしないうちにテレビで放映されるだろうからわざわざ観に行くこともない。
ま、毎日の仕事が「MISSION IMPOSSIBLE」みたいなもんだし…あーしんど。
ゆっくり映画が観てぇ~

clips

2006-07-03

誰も何もしなかった
ただ目だけが彼を哀れんでいた
彼の叫びに行き場所はない
彼の存在をかき消すように
構内アナウンスが流れた
彼が何を求めてここへ迷い込んだのか
誰も気にもとめない
飢えや寒さを少しでもしのごうとする彼に
誰も自分自身を重ねたくはない
けれど現実は同じだ
彼に見せつけられていることこそが
自分のいる世界なのだ
目をそらしてしまうのも無理はない
結局彼は駅員にプラットホームから
引きずり出されてしまった
彼は彼なりに幸福になりたかっただけ
何が中心に回っているのだろう
僕等よりも
生きることに真剣な彼は
それでも社会の前に潰されてしまった

値上げ…

2006-07-01

14歳、中学2年生になって暫くした頃、絵画教室に通い始めた。
お絵かきするためではなく、芸大受験を目指してのデッサンを学ぶためだった。
石膏像や静物を前に何時間も、ただひたすらに鉛筆や木炭で描き続けた。
時折消しゴムの代わりに使う食パンを食べながら目を細め、描いた影の調子を確認した。
教室は大抵4~5人の高校生達が同じように対象に対峙していて、扇風機が回る音と鉛筆や木炭のシュッシュッという音だけがしていた。
夜10時になると年老いた女の先生の「はい、今日はここまで。」という声で張りつめた空気が緩やかな流れに変わる。
かたづけを済ませ、そそくさと教室を出るとポケットに手を突っ込んだ…

あれから26年、高くなったなぁ…でも、止められない…