アルバム「街路樹」の頃、販促ツールや「LIVE CORE」のツアーパンフ等に
尾崎がフレットレス・ベース(ネックにフレットが打ってないエレクトリックジャズベース)を抱いているような写真がある。
ギターならまだしも、ベースとは何か意図すべきことがあったのだろうか。
撮影用の小物として用意した田島氏でさえ何故それを用意したのか、
そして何故撮影し、チョイスしたのかは覚えていない。
尾崎とベースと言えば、中学生の頃に兄・康さんか大楽氏のバンドに助っ人で加入し、
学祭でライブをやった事ぐらいしか思いつかない。
それ以外に接点があったのだろうか。
デビュー前であれ後であれ音楽活動をしていれば、
ベースに触れる機会はいくらでもあるだろうけど。
ここからは俺の推測だけれども、
当時、尾崎はかなり苦しんでいた時期で、
移籍したレコード会社の問題で離れざるを得なかった須藤氏を思ってのポーズだったのではないかと思える。
何故なら須藤氏はベーシストでもあり(後年、橘いずみのツアーをベーシストとして回っていた。)
尾崎は「こんなにもあなたが必要なんだ。」とでも云わんばかりに
そのフレットレス・ベースに須藤氏を重ね、抱きしめるように爪弾いたのかもしれない。
深読みしすぎだろうか?
レコーディングや曲作りがうまく行かず、
深夜、父・健一さんの運転する車で須藤氏を訪ねる尾崎。
気持ちはあっても尾崎の要求に応えられなかった須藤氏。
そんなエピソードがリアルに甦ってくる写真なのだ。
アルバム「街路樹」はある意味不当な評価を受けているような気がする。
確かに十代三部作のような輝きは無いし、事件もあった。
また、後期に見られるような完成度も無い。
けれど、それは当然の事で、その時期、その瞬間にしか書けない曲がレコード(記録)されているのだから。
今も尚、彼の混沌とした心を愛おしく感じてしまうのは何故だろう。
幼少の頃に母親と離れて暮らした寂しさのようなものが、
須藤氏と離れた事で再び出て来たのだろうか。
あなたの一番好きな尾崎の曲は?…と聞かれると、
「米軍キャンプ」と答えるが、
あなたの一番好きな尾崎のアルバムは?…と聞かれると、
「街路樹」と答えてしまうのだ。