♪君とよくこの店に来たものさ
訳も無くお茶を飲み話したよ
学生で賑やかなこの店の
片隅で聴いていたボブ・ディラン…
(学生街の喫茶店/作詞・山上路夫)
以前喫茶店の話をしたかもしれないけど、
通勤途中に聴いているFMから喫茶店の話題が流れていたので、
思い出した事を…歌とは全く関係ないけどね(笑
俺が26歳から30歳ぐらいの間に勤めていた会社の近くにある喫茶店。
元々は煙草屋だったのを娘が引き継いだ時に喫茶店にしたらしい。
娘といっても団塊の世代なので華やかさは無かったが…
珈琲と紅茶と昼のランチ。
あまり明るくない店内。
間違っても若い連中は来ない、そんな喫茶店だった。
仕事を終え店に立ち寄ると大抵ビールを出される。
その時入り口の「営業中」という札はひっくりがえしてある。
昼は喫茶店で、夜はスナック、というのはよくあるパターンだが、
その店はあくまでも「純喫茶」なのだ。
営業ではなく、プライベートっていうのが
久美さん(バーでもスナックでもないのでママと呼ばれるのが嫌らしい)の口癖だった。
久美さんは簡単なつまみからちょっとした料理(やきうどんかだし巻きが多かったけど…)も出してもくれるのだけど、勘定は千円を超える事は無かった。
ビール代にもなっていない。
完全な持ち出し。
まぁ、他の客からしっかりとっていたんだろうけど、
喫茶店だから無茶できるはずもなく…
よくあれで成り立っているなと思っていた。
仕事の愚痴も一杯訊いてもらったし、
金がない時も、催促無しのあるとき払いでいいと言ってくれた。
煙草が切れると
「うちは煙草屋だったから煙草は売る程あるんよ」と言いながら
新しいパッケージから1本だけ抜き取り、火をつける。
そして「残りはあんたにあげる」と手渡してくれたりもした。
ああ、そういえば「これ着なさい」って
自由業のオジサンが着るようなセーターをもらったこともあったっけ。
でも、何かをしてくれ、なんて一言も言われなかった。
俺が新しい事務所に移る事になった時、久美さんが初めて俺に注文してきた。
「休みの日に一緒に買い物に行きたい」と。
当日、大阪の中心地にある商業施設で待ち合わせ、ブティックを廻ったり、
靴やハンドバッグ、宝飾類を見て回った。
俺はそうやって振り回されることは覚悟していたけど、
これほど忍耐力と体力がいるとは思わなかった(笑
ランチもそこそこに久美さんは歩き回る。
でも、何も買わなかった。
そろそろ日も暮れようかという頃に
久美さんは俺に「何かプレゼントをしたい」と言い出した。
転職祝いと、その日一日付き合ってくれたお礼がしたいと。
今ならネクタイの1本でも買ってもらっていた方がよかったと思える。
別れ際、「遠慮しなくてもいいのに…」と言った久美さんの声が
やけに切なかった気がしてならない。
この店でいくつかのエピソードが生まれ
俺はそいつらをまとめて「Maria」を書き上げた。
もうとっくにここに載せていたと思っていたけど見つからなかったので
もう一度載せておこうと思う。
このエピソードに久美さんは登場してこないが
俺とMariaのやりとりを優しい目で見ていたんだ。