眠れない夜を抱いて、ただ暗閣の中で“君”の面影を探す。たった一分が一時間にも感じてしまう。歪んだ時空の中で発狂寸前の僕。今日一日に蓄積された出来事が“君”をブレさせる。一日を遣り過ごす事だけでも、こんなに疲れるなんて。自分の部屋でさえ、心落ち者く場所ではないなんて。
零細企業が密集しているこの街で、ひっそりオープンした喫茶店に“君”が勤めだしてもう半年になる。“君”の拙い日本語は、様々な土地の訛りが入っていて、“君”が喋るとそれまでに色んな思いをしてきたんだな、と恩う。或る日店が退けた後、珍しく“君”は僕を誘い、陽の落ちかかったバーガーショップに行った。“君”は今一緒に暮らしている男とあまり上手くいっていない、と言い、「昨晩モ喧嘩シタバカリ。」とグチた。そして、ショーパブで踊っていた時の事や、クスリも一通りやっていた事や、両親はもう死んでしまっていて、意見の合わない兄弟のいる祖国の事や、幾ら買っても飽きない貴金属の事や、朝早く起きなければならないのが辛い事を、中途半端に話した。暫くして、タ食の支度があるから、と“君”は席を立ち、油のまわったフライドポテトが散らばったトレイを返しにいった。バイクで“君”を送った時、“君”はずっと僕にしがみついていて、寒さに震え乍ら「アタタカイ。」と言った。過去と現在の事しか話さなかった“君”の笑顔は、いつも愛想笑いしている時の“君”より、ずっと奇麗だった。
僕には解ってしまう、“君”のポーズ。けれども“君”を拒絶する事は出来ない。決して騙されている訳じゃないけれど、互いに愛想笑いを交わし乍ら、これは本心ですよ、とばかりに話しかける。それぞれの帰り遣、“君”は電車の中で、僕は車の中で、言い様の無い疲労に包まれてしまう。次の休日に、再び逢う約束をしてしまった事を少しだけ悔やむ。淋しさが虚像の世界に僕を引っ張っていってしまう。クラッシュするまでそんな事を考えていた。“君”がまた独りになって3ケ月が過ぎていた頃の事だ。