アートディレクター、デザイナー、フォトグラファーの田島氏の作品が好きだ。
彼の作るパッケージデザインや装丁も好きなのだが、
特に好きなのが彼の文章とドローイングだ。
彼の文章は目線は読者がまるでカメラのファインダーを覗いたような錯覚に陥る感じがする。
淡々としていて正確でそして優しい。
彼の文章に触れたい人は「ozakiのクラクション」「cover's edge」等で読む事ができる。
彼のドローイングを初めて見たのは浜田省吾のアルバム「DOWN BY THE MAINSTREET」。
車から降りようとする省吾の一瞬を写真ではなくドローイングで表現している。
実はこの手の(ドローイングとしての)表現方法は決して新しいものではなく
かつてアメリカでは最もポピュラーなものだった。
それを80年代に持ってきたのはなぜだったのか…
いや、それを語るのは別の機会にしよう。
とにかく彼のドローイングが素晴らしくて、
いつか彼に尾崎のドローイングを描いてもらいたいと思っていた。
その後念願が叶っていくつかの尾崎のドローイングを見る事ができたが
正直、その出来映えというか筆のタッチが俺にとってはイマイチだった。
だからこの「幻の少年」のカバーに使われたドローイングを見た時は
思わず「これだっ」と口にしそうになった。
写真が発明されてから絵画の存在理由が問われた事があった。
先人が既に言っているので俺が言う事ではないけれど
比較すること自体ナンセンスなんだろう。
ともかくこのドローイングになにかを感じて欲しい。
