無題

2007-11-22

冬空を見上げる

目が眩む様な眩しさはさよならも言わず立ち去っていて
何も気付かなかった僕をしかめっ面にする

けれど灰色に染まった距離感のない曇天は
僕を惨めな気持ちにさせる事なく
少しだけ冷たい風で背中を押してくれる
そうして僕は君の所へ帰る事が出来るんだ

長く伸びた薄い影が付いて来る
こいつも気が付くと知らない間に
さよならも言わずに消えてしまうつもりなんだろ。

君のベッドに潜り込む頃にはどうでもいい事なんだけと

食後の晩酌

2007-11-20

アテもなく酒も残り僅か…
侘しい…侘し過ぎる(T_T)

あ…

2007-11-19

尾崎君発見(^_^;)

不思議

2007-11-17

30を過ぎてからだろうか…あることが気になり始めた。
靴下の回転である。
なぜか決まって右足にはく靴下が
いつのまにか回転して
かかとの部分が足の甲の方へいってしまう。
足首はゴムで固定されているから
そう動いてはいないのだけれど
くるぶしあたりで捻れているようだ。

履き古しの靴下ならまだしも、新品でも同様の現象が起こる。
そして履き古していくとかかとのつなぎ目あたりから破れてきたりする。

背骨の歪み(性格の歪みではないよw)のせいかもしれないけど
左右の足の長さが結構違う。右足の方が3cmほど短い。
だから歩行の技術レベルは高いとはい得ない、
とりあえず歩いたり走ったりには支障がないようだけど
その代償として靴下が回るようだ。

困った事に…
右足の靴下はくるくる回り続けてくれる訳ではなく
せいぜい1/2回転。
それ以上進みもしなければ逆回転もしない。
気がつくと靴下のかかとは甲の上…

腹が出てきてパンツが回る様になった話は次の機会にw
いや、しないけどw

無題

2007-11-17

あー今日は疲れた…

まだ大丈夫、まだ大丈夫ってやってきて
まだ大丈夫、まだ大丈夫ってこれからもやって行くんだろうけど
そのうち自分自身を騙し切れなくなって潰れるんだろうか。
君と喋る事もままならない日常なんて
なくなっても構わない。

診断結果?…そんなの関係ねぇっ(笑

2007-11-16

昨夜は同僚の家で鍋をつついて泊る。
そしてそこから出勤したので、昼飯は自前で調達だ。
いつもの店にいつものラーメンを買いにいくとある商品に目が止まった。
その店は本来は酒屋さんなんだけれど、食料品も置いてある。
じーさん一人でやっているのだが
ぼけているのかどうか、たまにとんでもない品物を置いていたりする。

今回見つけたのは「ステーキ餃子」3個入り150円也。

ステーキの様に焼いてお召し上がりください…って焼き餃子とどこが違うねんw
ま、たしかにデカイけどな。
これ1個で普通の餃子4個分ぐらいじゃないか?

迷わず購入w

スープの味をしみ込ませたいからちょっと早めにスープと餃子を投入して
いい感じに火が通ったところでいつもの器に盛りつける。
パートのおばちゃんに「全然野菜が入ってないやんか」と怒られる。
「えーねん、えーねん。餃子の中にはいってるからw」と俺。

デカイだけで味はただの餃子。
当たり前っちゃ当たり前やけど、もう少し捻れっちゅーねんw
え、完食して文句言うなって?

いやいや、満足してますよ~w

きたか…

2007-11-15

先日受けた健康診断の結果が来た。
厭なことばかり書いてある…

要医療ってことはさ、「あんた病気だよ」ってことでしょ?
とりあえず、飯と煙草を減らして運動しろってことはわかった。

無理だなw

だいたい俺は84歳迄生きて、
そこそこ幸せに暮らす事になってるらしいから
(下の占い調べ:maria提供)
このまま成長し続けるよw

http://www.uremon.com/heaven/

揃った

2007-11-15

これだけ7が揃っても
あんまりいい事無いなぁ…(^_^;)

ところで体の具合はどうだい?
新しい仕事はうまくいってるかい?
たまには顔出しなよ。

賄い

2007-11-14

今日は昼に本妻ラーメンだったから
夜の浮気ラーメンはパスした。

エビチリと唐揚げ2個とスープとご飯。

メタボメニューには変わりないな(^_^;)

幻の少年

2007-11-13

アートディレクター、デザイナー、フォトグラファーの田島氏の作品が好きだ。
彼の作るパッケージデザインや装丁も好きなのだが、
特に好きなのが彼の文章とドローイングだ。

彼の文章は目線は読者がまるでカメラのファインダーを覗いたような錯覚に陥る感じがする。
淡々としていて正確でそして優しい。
彼の文章に触れたい人は「ozakiのクラクション」「cover's edge」等で読む事ができる。

彼のドローイングを初めて見たのは浜田省吾のアルバム「DOWN BY THE MAINSTREET」。
車から降りようとする省吾の一瞬を写真ではなくドローイングで表現している。
実はこの手の(ドローイングとしての)表現方法は決して新しいものではなく
かつてアメリカでは最もポピュラーなものだった。
それを80年代に持ってきたのはなぜだったのか…
いや、それを語るのは別の機会にしよう。

とにかく彼のドローイングが素晴らしくて、
いつか彼に尾崎のドローイングを描いてもらいたいと思っていた。

その後念願が叶っていくつかの尾崎のドローイングを見る事ができたが
正直、その出来映えというか筆のタッチが俺にとってはイマイチだった。
だからこの「幻の少年」のカバーに使われたドローイングを見た時は
思わず「これだっ」と口にしそうになった。

写真が発明されてから絵画の存在理由が問われた事があった。
先人が既に言っているので俺が言う事ではないけれど
比較すること自体ナンセンスなんだろう。

ともかくこのドローイングになにかを感じて欲しい。