娘の疑問
年の瀬も迫り、毎日慌ただしい日々を送っているが
久しぶりに娘と差し向かいで鍋をつつきながら晩酌していたときの事だ。
「お父さん、あのね…」
「ん、もっと肉入れて欲しいのか?」
「違うわよ。お父さんみたくなりたくないもん。じゃなくて…」
「違うのか?食べ盛りなんだからもっと食べないと。尤もお父さんは今も食べ盛りなんだがな、はははっ」
娘は私の下らない話に苛立を隠しきれず語気を強めて言った。
「お父さん!お母さんが亡くなったのは私が生まれてからすぐだったんだよね!」
娘は、私が男手ひとつで育てた。
妻は結婚に憧れ私と一緒になったが、苦しい生活に嫌気がさし出て行ってしまった。
娘は2歳になったばかりだった。
娘に当時の記憶は殆ど残っていない。いや、全く無いと言ってもおかしくはない。
幼少の記憶など曖昧なものだし、大人の都合でいくらでも書き換えられるケースもある。
私は妻を病気で亡くなった事にして、「どうしてウチにはママがいないの?」という娘の質問にずっと嘘をついていた。
「ちょっと前、2ヶ月ほど前の事なんだけど、友達のマドカちゃんが家族で旅行に行ったんだって。でね、そこで私を見かけたって言うのよ。でも私、そんな所行った事も無いし。だいたいウチにそんな余裕ないし。でも、いくらそう言ってもマドカちゃんは『いーや、あれは絶対アンタだった』って言い張るのよ。」
「まぁでも他人のそら似っていうか、自分にそっくりな人は世の中に3人はいるって言うからなぁ…」
平静を装っていても私はあきらかに動揺していた。
手が震えていたのでコタツ布団の中に突っ込む。が、肩の震えは隠せない。
「父さん疲れたから先に寝るぞ」と言い残し居間を出た。
布団に入ってもなかなか寝付けなかった。
私は娘に16年間ずっと黙っていた事がある。それは…
つづくw

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.