彼と彼女3

2006-07-10

どれくらい眠っていたんだろう・・・。
まだ体が鉛の様に重い・・・。
それにしても昨日は最悪だった・・・。
スケジュール狂っちまったな・・・。
オッチャン、一体どうしたんだろうな・・・。
らしくねえや・・・。

遠い意識の中で俊哉がぼんやりと考えていたとき、不意に携帯が鳴った。郁美からだった。
「オウ。」
自分でも無愛想な返事だなと思いつつ答えるが郁美の反応がない。
こんな時の郁美は明らかに怒っているのだが、俊哉にはその理由が皆目見当がつかなかった。
「俊ちゃん、今日はあたしとプールに行くって言ってたよね。夕べも電話してくれるって言ってたよね。」

郁美にそこまで言われてから俊哉は、そういえば先週会った時にそんな話をしていたのを思い出した。
郁美がやっと車の免許を取ったので、俊哉の車で何処かに行こうと言う事になっていたのである。
普段俊哉はまめに郁美に連絡しているのだが、今週に限っては事情が違った。
短納期の仕事が急に飛び込んできて、普段は殆どしない残業を余儀なくされたのである。
この不景気にありがたいと社長は喜んだが、俊哉は顔をしかめた。
そして、昨日。
「オッチャン」の一人が俊哉の仕上げた製品をリフトで運ぶ際に荷崩れを起こしてしまい、
丸二日間かかったその仕事を俊哉は一からやり直さなければならなくなったのである。
怪我人が出なかったのがせめてもの救いだったが、俊哉は休日出勤を覚悟しなければならなかった。

「悪い、実は行けなくなっちまったんだ。」

電話の向こう側でふくれっ面になっているであろう郁美に俊哉は手短にこの一週間の出来事を説明した。そしてこれから出勤なんだと言いかけた時、それまで黙っていた郁美が口を開いた。
「解った。もういい。でも次は必ずだよ。水着だって新しいの買ってたんだからね。とにかく今夜連絡して。」
一気にそうまくし立てた郁美は、さらに追い打ちをかけるように言って電話を切った。
「ウソツキ。」
郁美が怒るのも解るが俊哉にしたって好きでそうした訳じゃない。
「チェッ。」
舌打ちしてみても、なんだか仕事を言い訳にしたみたいで嫌な気分になった。
時計を見る。時間がない。汚れたままの作業着を掴んで俊哉は部屋を出た。

彼と彼女2

2006-07-10

俊哉が地元の高校を出て今の工場に勤め始めてからもう五年になる。
大きなプレス機の前で一日中何千枚という鉄板を打ち抜いている。
そんな単調な仕事を今まで続けてこれたのは機械相手の仕事だったからだろう。
客商売なら半年ももたなかったに違いない。
学生時代にやったファーストフードやコンビニのアルバイトでさえ三ヶ月と続かなかったのである。
特別人間嫌いという訳ではなかったが、
あの偽善に満ちた笑顔というものを俊哉はどうしても作ることが出来なかった。
納得出来ない事もあったし、バイト仲間との会話も煩わしく感じていた。
その点、機械相手の仕事なら下手な作り笑いをしなくて済むし、裏切られる事も滅多にない。
もしあるとすれば、それは単に整備不良だったり、金型をセットし損ねたした時ぐらいのもので、
その事に多少いらつく事はあっても理不尽を覚える事はない。
それに同僚、といっても殆どが五十を過ぎた親爺達ばかりで、俊哉と同年代の子は一人もいなかった。
俊哉は彼らを親しみを込めて、皆同じように「オッチャン」と呼んだ。
「オッチャン」達は俊哉を「俊坊」と呼び、自分の息子の様に可愛がってくれた。
面白い事に俊哉が誰に対しても「オッチャン」と呼ぶのに
「オッチャン」達は誰が呼ばれているのか何故か解っているのである。
客にぺこぺこ頭を下げる仕事なんてまっぴらだと思っている俊哉にとって此処は天国ではないにしろ、
少なくとも凌ぎ易い場所ではあった。

彼と彼女1

2006-07-10

仕事を終えて家に帰ると既に日付は変わっていて、
やっとの思いでTVをつけると
深夜のニュース番組が「昨日の情報を今まで何も知らなかったの?」と言わんばかりに流れ出す。
「俺の一日はまだ終わっちゃいねーんだよ。」
独り愚痴た処で一日中労働に費やした汗を落とすのが精一杯だった。
今日と明日を強引にすり替えて眠る暮らしにぶつけるものを俊哉はまだ持っていない。

彼はマスターの「hero」なんだ…

2006-07-10

先日、「HERO」特別版が放送され、高視聴率をマークしたらしい。
キムタク人気健在といったところか。
別にキムタクや松たか子のファンではないが、脇を固める個性派俳優のコミカルな演技に惹かれて前のシリーズの時から観ていた。
中でも一番好きなキャラは田中要次さんが演じるバーのマスターだ。
「あるよ。」だけの台詞が妙にいい感じで、まさに味のある演技なのだ。
今回の特別版でも「あるよ。」が聞けて嬉しかった。
どうもあのマスターとは違う設定の役みたいだったけど…最後に「ないよ。」と言ったのは俺の聞き違いだったのかなぁ…。

田中さんのプロフィールを見ると、長野県出身の43歳、身長178cm、A型で、最初は国鉄(民営化後はJR東海)に就職、1990年から俳優業を始めたそうだ。
wikipadiaでは「一瞬でも一度見たら忘れられないその顔立ちから「サブリミナル俳優」の異名を取る。」と紹介されている。なるほどね。確かに忘れられないw 
でもいい男の顔だと思うけどなぁ。

彼のあの役は「居酒屋ゆたか」のマスターのあこがれである。

どーでもえーがな話

2006-07-04

今更言うことでもないが、映画好きの人は多い。
かつては俺もそのうちの一人だった。
が、年々テレビや雑誌などの媒体で新作劇場公開の予告がガンガンやっていても劇場に足を運ぶこともなく、tsutayaでビデオやDVDを借りに行くことも減った。
今は死語となったカウチポテト族だった俺が、である。
衛星放送も以前より観なくなった。
仕事が忙しく観る時間が無くなったというのもあるだろうが、CGの技術が進歩して行くにつれ映像から刺激を受ける事が苦痛になってきた感じがする。
技術を見せたいのか、ストーリーを見せたいのかわからないものも多いせいか。
いや、それを受け入れられない歳のせいだろうか。
いずれにしても脳に埋め込んだ電極に電流を流されるような感じが否めないのだ。

映画を観て何を得たいかは人それぞれだろうが、俺的には「じ~んと感動したい」のだ。
勿論ハラハラドキドキするものもいいのだが、後で疲れがどっと来てしまう。
ジェットコースターに乗った後みたいだ。
肩の力を抜いて、淡々と進むストーリーの中で主人公達の気持ちに自分の心を重ね合わせる。
そして泣き、笑う。
これこそが映画の醍醐味なんだと思う。

基本的に同じストーリーなんだけど何度観ても飽きない「寅さん」シリーズは俺が死ぬまで見続けることの出来る唯一の映画だろう。
「ああ野麦峠」も良かった。
モロボシダンが女工を手込めにするのには笑ったが。
邦画には邦画なりの良さがある。
そこを見逃してはいけないだろう。

テレビではMI-3の予告が大々的に展開されている。
ま、2年もしないうちにテレビで放映されるだろうからわざわざ観に行くこともない。
ま、毎日の仕事が「MISSION IMPOSSIBLE」みたいなもんだし…あーしんど。
ゆっくり映画が観てぇ~

clips

2006-07-03

誰も何もしなかった
ただ目だけが彼を哀れんでいた
彼の叫びに行き場所はない
彼の存在をかき消すように
構内アナウンスが流れた
彼が何を求めてここへ迷い込んだのか
誰も気にもとめない
飢えや寒さを少しでもしのごうとする彼に
誰も自分自身を重ねたくはない
けれど現実は同じだ
彼に見せつけられていることこそが
自分のいる世界なのだ
目をそらしてしまうのも無理はない
結局彼は駅員にプラットホームから
引きずり出されてしまった
彼は彼なりに幸福になりたかっただけ
何が中心に回っているのだろう
僕等よりも
生きることに真剣な彼は
それでも社会の前に潰されてしまった

値上げ…

2006-07-01

14歳、中学2年生になって暫くした頃、絵画教室に通い始めた。
お絵かきするためではなく、芸大受験を目指してのデッサンを学ぶためだった。
石膏像や静物を前に何時間も、ただひたすらに鉛筆や木炭で描き続けた。
時折消しゴムの代わりに使う食パンを食べながら目を細め、描いた影の調子を確認した。
教室は大抵4~5人の高校生達が同じように対象に対峙していて、扇風機が回る音と鉛筆や木炭のシュッシュッという音だけがしていた。
夜10時になると年老いた女の先生の「はい、今日はここまで。」という声で張りつめた空気が緩やかな流れに変わる。
かたづけを済ませ、そそくさと教室を出るとポケットに手を突っ込んだ…

あれから26年、高くなったなぁ…でも、止められない…

茶色い弁当

2006-06-30

子どもに夢を見て欲しいと願うのは、親やじいさん、ばあさんといった家族だけではないはずだ。
俺の親も俺が子どもの頃は同じように願っていたに違いない…はずだ。
にもかかわらず、俺が学校に持っていく弁当には夢が無かった。
周りの連中は赤や黄色や緑がバランスよく配置されたまぶしいばかりの弁当を自慢げに広げて楽しそうに食っていた。
型抜きされた野菜やタコさんウインナー、冷食のハンバーグやカニクリームコロッケなど、俺の弁当箱には入っていないものばかり。
「俺んちは貧乏なのか?」と真剣に悩んだものだ。
大体俺の弁当に入っているのは炙ったスルメに七味と醤油がかかっているものや、ぜんまいと厚揚げを炊いたもの、れんこんと里芋を煮たもの、鰯や鯖の煮付け…おかずというより酒のつまみ(流石に刺身は入ってなかったが…w)白ごはんのうえにはかつをぶしやとろろ昆布が乗り、これまた醤油がかかっていたりする。まさに茶色の世界…orz かなり長い間そんな弁当ばかり食ってきた。
おかげで酒飲みにはなれたがw
夢を持った大人にはなれていないかも。

今も年老いた母が毎日のように弁当を持たせてくれるが、時々大技を披露してくれる。
うな重弁当(ごはんとうなぎのミルフィーユ?)や、焼きそば弁当(炭水化物しか摂れない…)が最近のヒット作。
最初はついにボケたかと心配したものだ。

おかん、明日も頼むで~

妄想と現実の狭間

2006-06-29

人と出会う。
第一印象で大体が決まり、自分の中でそれが覆ることはあまりないそうだ。
それでも心を重ねることで何かは変わるはずだと思っていたい。
こうありたい自分と、こうあって欲しい他者との間に何が生まれるのだろう。
思うようにいかない自分と、思うようにならない他者との間には何が生まれるのだろう。
良くも悪くも人と接するとき誤解が生じる。
思ったよりいい人だった、とか、そうでもなかった、とか。
その人といい関係を持ちたいという気持ちがあることが前提になるが、その誤解を解くにはやはり会話、いや、対話しか無いのかもしれない。
恋人同士ならスキンシップや見つめ合うだけでもいいのだろうけど。

何より君と話せないことが残念でならない。
いつでも話せるはずなのに、その糸口が見つけられない。
俺が見ている夢は、まだ俺にしか見ることが出来ないままのようだ。

clips

2006-06-27

彼女は生まれて初めて夜を買おうと思った
けれどそれが一体どういうことなのか
解らなかった
彼が言ったとおりショーウィンドウには
彼女の求めるものは
何一つなかった
音の割にはスピードのでないバイクで
走り回ることや
知らない男の下で天井を見てることで
夜を買えるとは思えなかったが
彼女の友達の多くはそうしていた
「一体何が必要なんだろう?」
道の端から腰を上げた彼女は
朝がくるまで歩き続けることにした