彼と彼女1

2006-07-10

仕事を終えて家に帰ると既に日付は変わっていて、
やっとの思いでTVをつけると
深夜のニュース番組が「昨日の情報を今まで何も知らなかったの?」と言わんばかりに流れ出す。
「俺の一日はまだ終わっちゃいねーんだよ。」
独り愚痴た処で一日中労働に費やした汗を落とすのが精一杯だった。
今日と明日を強引にすり替えて眠る暮らしにぶつけるものを俊哉はまだ持っていない。

彼はマスターの「hero」なんだ…

2006-07-10

先日、「HERO」特別版が放送され、高視聴率をマークしたらしい。
キムタク人気健在といったところか。
別にキムタクや松たか子のファンではないが、脇を固める個性派俳優のコミカルな演技に惹かれて前のシリーズの時から観ていた。
中でも一番好きなキャラは田中要次さんが演じるバーのマスターだ。
「あるよ。」だけの台詞が妙にいい感じで、まさに味のある演技なのだ。
今回の特別版でも「あるよ。」が聞けて嬉しかった。
どうもあのマスターとは違う設定の役みたいだったけど…最後に「ないよ。」と言ったのは俺の聞き違いだったのかなぁ…。

田中さんのプロフィールを見ると、長野県出身の43歳、身長178cm、A型で、最初は国鉄(民営化後はJR東海)に就職、1990年から俳優業を始めたそうだ。
wikipadiaでは「一瞬でも一度見たら忘れられないその顔立ちから「サブリミナル俳優」の異名を取る。」と紹介されている。なるほどね。確かに忘れられないw 
でもいい男の顔だと思うけどなぁ。

彼のあの役は「居酒屋ゆたか」のマスターのあこがれである。

どーでもえーがな話

2006-07-04

今更言うことでもないが、映画好きの人は多い。
かつては俺もそのうちの一人だった。
が、年々テレビや雑誌などの媒体で新作劇場公開の予告がガンガンやっていても劇場に足を運ぶこともなく、tsutayaでビデオやDVDを借りに行くことも減った。
今は死語となったカウチポテト族だった俺が、である。
衛星放送も以前より観なくなった。
仕事が忙しく観る時間が無くなったというのもあるだろうが、CGの技術が進歩して行くにつれ映像から刺激を受ける事が苦痛になってきた感じがする。
技術を見せたいのか、ストーリーを見せたいのかわからないものも多いせいか。
いや、それを受け入れられない歳のせいだろうか。
いずれにしても脳に埋め込んだ電極に電流を流されるような感じが否めないのだ。

映画を観て何を得たいかは人それぞれだろうが、俺的には「じ~んと感動したい」のだ。
勿論ハラハラドキドキするものもいいのだが、後で疲れがどっと来てしまう。
ジェットコースターに乗った後みたいだ。
肩の力を抜いて、淡々と進むストーリーの中で主人公達の気持ちに自分の心を重ね合わせる。
そして泣き、笑う。
これこそが映画の醍醐味なんだと思う。

基本的に同じストーリーなんだけど何度観ても飽きない「寅さん」シリーズは俺が死ぬまで見続けることの出来る唯一の映画だろう。
「ああ野麦峠」も良かった。
モロボシダンが女工を手込めにするのには笑ったが。
邦画には邦画なりの良さがある。
そこを見逃してはいけないだろう。

テレビではMI-3の予告が大々的に展開されている。
ま、2年もしないうちにテレビで放映されるだろうからわざわざ観に行くこともない。
ま、毎日の仕事が「MISSION IMPOSSIBLE」みたいなもんだし…あーしんど。
ゆっくり映画が観てぇ~

clips

2006-07-03

誰も何もしなかった
ただ目だけが彼を哀れんでいた
彼の叫びに行き場所はない
彼の存在をかき消すように
構内アナウンスが流れた
彼が何を求めてここへ迷い込んだのか
誰も気にもとめない
飢えや寒さを少しでもしのごうとする彼に
誰も自分自身を重ねたくはない
けれど現実は同じだ
彼に見せつけられていることこそが
自分のいる世界なのだ
目をそらしてしまうのも無理はない
結局彼は駅員にプラットホームから
引きずり出されてしまった
彼は彼なりに幸福になりたかっただけ
何が中心に回っているのだろう
僕等よりも
生きることに真剣な彼は
それでも社会の前に潰されてしまった

値上げ…

2006-07-01

14歳、中学2年生になって暫くした頃、絵画教室に通い始めた。
お絵かきするためではなく、芸大受験を目指してのデッサンを学ぶためだった。
石膏像や静物を前に何時間も、ただひたすらに鉛筆や木炭で描き続けた。
時折消しゴムの代わりに使う食パンを食べながら目を細め、描いた影の調子を確認した。
教室は大抵4~5人の高校生達が同じように対象に対峙していて、扇風機が回る音と鉛筆や木炭のシュッシュッという音だけがしていた。
夜10時になると年老いた女の先生の「はい、今日はここまで。」という声で張りつめた空気が緩やかな流れに変わる。
かたづけを済ませ、そそくさと教室を出るとポケットに手を突っ込んだ…

あれから26年、高くなったなぁ…でも、止められない…

茶色い弁当

2006-06-30

子どもに夢を見て欲しいと願うのは、親やじいさん、ばあさんといった家族だけではないはずだ。
俺の親も俺が子どもの頃は同じように願っていたに違いない…はずだ。
にもかかわらず、俺が学校に持っていく弁当には夢が無かった。
周りの連中は赤や黄色や緑がバランスよく配置されたまぶしいばかりの弁当を自慢げに広げて楽しそうに食っていた。
型抜きされた野菜やタコさんウインナー、冷食のハンバーグやカニクリームコロッケなど、俺の弁当箱には入っていないものばかり。
「俺んちは貧乏なのか?」と真剣に悩んだものだ。
大体俺の弁当に入っているのは炙ったスルメに七味と醤油がかかっているものや、ぜんまいと厚揚げを炊いたもの、れんこんと里芋を煮たもの、鰯や鯖の煮付け…おかずというより酒のつまみ(流石に刺身は入ってなかったが…w)白ごはんのうえにはかつをぶしやとろろ昆布が乗り、これまた醤油がかかっていたりする。まさに茶色の世界…orz かなり長い間そんな弁当ばかり食ってきた。
おかげで酒飲みにはなれたがw
夢を持った大人にはなれていないかも。

今も年老いた母が毎日のように弁当を持たせてくれるが、時々大技を披露してくれる。
うな重弁当(ごはんとうなぎのミルフィーユ?)や、焼きそば弁当(炭水化物しか摂れない…)が最近のヒット作。
最初はついにボケたかと心配したものだ。

おかん、明日も頼むで~

妄想と現実の狭間

2006-06-29

人と出会う。
第一印象で大体が決まり、自分の中でそれが覆ることはあまりないそうだ。
それでも心を重ねることで何かは変わるはずだと思っていたい。
こうありたい自分と、こうあって欲しい他者との間に何が生まれるのだろう。
思うようにいかない自分と、思うようにならない他者との間には何が生まれるのだろう。
良くも悪くも人と接するとき誤解が生じる。
思ったよりいい人だった、とか、そうでもなかった、とか。
その人といい関係を持ちたいという気持ちがあることが前提になるが、その誤解を解くにはやはり会話、いや、対話しか無いのかもしれない。
恋人同士ならスキンシップや見つめ合うだけでもいいのだろうけど。

何より君と話せないことが残念でならない。
いつでも話せるはずなのに、その糸口が見つけられない。
俺が見ている夢は、まだ俺にしか見ることが出来ないままのようだ。

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2006-06-27

彼女は生まれて初めて夜を買おうと思った
けれどそれが一体どういうことなのか
解らなかった
彼が言ったとおりショーウィンドウには
彼女の求めるものは
何一つなかった
音の割にはスピードのでないバイクで
走り回ることや
知らない男の下で天井を見てることで
夜を買えるとは思えなかったが
彼女の友達の多くはそうしていた
「一体何が必要なんだろう?」
道の端から腰を上げた彼女は
朝がくるまで歩き続けることにした

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2006-06-27

彼と彼女は
それぞれの場所で懸命に生きている
窓の外に
すがりつけるものなど
何一つなかった
触れるだけで張り裂けてしまいそうな夜

うちの顧問

2006-06-24

うちの会社には顧問と呼ばれる人が2人もいる。

そのうち1人は毎日出勤してくる。
週に1回だけ大学での講義があるとかで(どうも英語をおしえているらしい。)半日休む。
彼は愛すべき人なのではあるが、困ったことに「声の大きい議論好き」なのだ。
こちらが徹夜明けであろうが、締め切り前のピリピリしているときであろうが、
自分の仕事を終えたら平気で議論を吹っかけてくる。
最初は適当に相槌だけうっていればいいのだが、
こちらのストレスが最高潮に達し、(声がでかいのでうるさくて考え事が出来ない)たまりかねて反論してしまうようなことがあれば、少なくとも貴重な2時間は失うことを覚悟しなければならない。
俺が毎晩のように深夜残業しなければならない理由の一つだ。
彼は自分の主張を一通りしゃべると満足顔で会社を後にする…そして俺は I'm worker, hard worker…

そんな彼はクリスチャンで、毎年クリスマスやイヴにはプレゼントをくれる。
去年はひまわりの写真が入ったクリアファイル、
一昨年は昆虫の名前と身長が印刷された下敷きのようなものだった。
いずれも手書きのメッセージがしたためられている。
内容はここでは言うまい…
俺達スタッフは彼の話を聞くことを「老人介護」と呼んでいる…