尾崎豊の愛した「タカセ」のケーキ
2007-04-06尾崎豊と「タカセ」の出会いは幼少期にさかのぼります。
父・健一氏が度々、「タカセ」のケーキを御土産として買って帰り、尾崎さんも「タカセ」のケーキが大好きだったそうです。いつも5歳年上のお兄さんと一緒だった尾崎さんは、「タカセ」バースデーケーキやクリスマスケーキについている人形を、お兄さんと取り合いになって大騒ぎしていたとか。
現在でもファンの方々が毎年、尾崎さんの命日や誕生日にケーキを買いにこられます。
その度に、長年商売をしていて本当に良かったと思うのです。
上の文章は「タカセ」のサイトに載っている。 http://www.takase-yogashi.com/
尾崎を商売に使って…などと言う気は毛頭無いが、なんだか、ねぇ(笑。
友人が東京に住んでいた頃、何度か「タカセ」の菓子を贈ってもらったことがある。
流石にケーキとかはアウトなので焼き菓子のアーモンドチュイルがチョイスされたようだ。
何でも「タカセ」の焼き菓子で人気No.1だそうだ。
甘いものがそんなに好きではないけれど旨かった記憶がある。
子供の頃、誕生日をバースデーケーキで祝ってもらった事が無い。
まぁ、核家族で食べきれないからなんだろうが、貧しさも原因だったと思う。
あのチョコレートのプレートに「HAPPY BIRTHDAY!!」とか
自分の名前が書かれているのはやっぱり憧れだったなぁ。
家計がある程度安定し、お誕生日会なるものができるようになったところで
俺は10歳を超えていたし、今更そんなことやんなくても…みたいになっていて、
結局親から小遣いだけもらって榊原郁恵かなんかのレコードを買っただけだった(笑
2年間のお試し期間の後、どうにか結婚した親父と母親にどこか気兼ねしていた。
子供らしくない子供だったと思う。
それ以降誕生日にハッピーでいられたことは多くはない。
ただ、自分が生まれた喜びを感じることよりも、
この世に産み落としてくれたあの人の事を
少しだけ思い出させてくれる、そんな日になった。
さて、今年はどんな気持ちでいられるのだろう。
せめて明日の会議さえ無くなれば、それだけでかなりハッピーなんだけどな(笑
On base! Ozaki Yutaka babe!!!
2007-04-05アルバム「街路樹」の頃、販促ツールや「LIVE CORE」のツアーパンフ等に
尾崎がフレットレス・ベース(ネックにフレットが打ってないエレクトリックジャズベース)を抱いているような写真がある。
ギターならまだしも、ベースとは何か意図すべきことがあったのだろうか。
撮影用の小物として用意した田島氏でさえ何故それを用意したのか、
そして何故撮影し、チョイスしたのかは覚えていない。
尾崎とベースと言えば、中学生の頃に兄・康さんか大楽氏のバンドに助っ人で加入し、
学祭でライブをやった事ぐらいしか思いつかない。
それ以外に接点があったのだろうか。
デビュー前であれ後であれ音楽活動をしていれば、
ベースに触れる機会はいくらでもあるだろうけど。
ここからは俺の推測だけれども、
当時、尾崎はかなり苦しんでいた時期で、
移籍したレコード会社の問題で離れざるを得なかった須藤氏を思ってのポーズだったのではないかと思える。
何故なら須藤氏はベーシストでもあり(後年、橘いずみのツアーをベーシストとして回っていた。)
尾崎は「こんなにもあなたが必要なんだ。」とでも云わんばかりに
そのフレットレス・ベースに須藤氏を重ね、抱きしめるように爪弾いたのかもしれない。
深読みしすぎだろうか?
レコーディングや曲作りがうまく行かず、
深夜、父・健一さんの運転する車で須藤氏を訪ねる尾崎。
気持ちはあっても尾崎の要求に応えられなかった須藤氏。
そんなエピソードがリアルに甦ってくる写真なのだ。
アルバム「街路樹」はある意味不当な評価を受けているような気がする。
確かに十代三部作のような輝きは無いし、事件もあった。
また、後期に見られるような完成度も無い。
けれど、それは当然の事で、その時期、その瞬間にしか書けない曲がレコード(記録)されているのだから。
今も尚、彼の混沌とした心を愛おしく感じてしまうのは何故だろう。
幼少の頃に母親と離れて暮らした寂しさのようなものが、
須藤氏と離れた事で再び出て来たのだろうか。
あなたの一番好きな尾崎の曲は?…と聞かれると、
「米軍キャンプ」と答えるが、
あなたの一番好きな尾崎のアルバムは?…と聞かれると、
「街路樹」と答えてしまうのだ。
チョイなんとか
2007-03-28キムタクのCMで「チョイなんとかじゃなきゃだめなんすか?」みたいなことを言ってましたが…
今日の俺は「チョイ尾崎」
いや、ジーンズをちょっと引っ掛けただけなんだけどね(笑
これが広がると母上様が短パンにしてしまうのだよ…
カモン!サキソフォン!!
2007-02-08ロックにサックスをフィーチャーしたのはブルース・スプリングスティーンだと思う。
E STREET BANDにクラレンス・クレモンズがいたように、
彼のフォロワーでもある佐野元春や浜田省吾に、ダディ柴田や古村敏比古がいたのは、ある意味、必然だったのだろう。
第3世代の尾崎にとってもそれは変わらないものだったのかも知れない。
ロックにサックス。
今でもかっこいい!!
HEART OF KLAXONのサックスプレイヤー、阿部剛。
もともとスタジオミュージシャンだった彼が、どういった経緯でバンドに加入したのかはわからないけれど、
彼が加入した事で尾崎はより生き生きとステージを走り回る事が出来たんじゃないだろうか。
そして、ひょっとしたら彼がメンバーの中で一番尾崎に絡んでいたのかもしれない。
彼がサックスをプレイする場面では必ずと言っていい程、隣で尾崎が真似をする(笑。
BIRTH TOUR BANDのサックスプレイヤーは関誠一郎。この人もスタジオミュージシャンだが、
一時期、浜田省吾のバンドでもプレイしている。
LIVE CORE BANDでは本多俊之がプレイした。
レコーディングに参加したサックスプレイヤーと言えば、先にも出たダディ柴田や古村敏比古。
あと有名どころではJake H.Concepcion。かつてはレコーディングでsaxと言えば大方この人ってほどの大御所。
一度ググってみて。本当に凄いから、この人(笑。
で、俺が好きなのはやっぱり古村敏比古の音。
文句無しにかっこいい。
同じバンドじゃなくてもいいから、尾崎とプレイしたステージを観たかったなぁ。
尾崎の「カモン!サキソフォン!!」って声に応える古村サン。
彼の絞り出すような力強い音にやられたい。
※尾崎のアルバムでは「15の夜」「Scrap Alley」「存在」「坂の下に見えたあの街に」「群集の中の猫」「誕生」で古村サンのサックスを聴くことが出来るよ。
news!!
2007-02-01ついに!尾崎豊 完全生産限定BOX発売!! (2007.2.1)
これが尾崎豊の集大成!生前に発表した71曲全てがここに!!
尾崎 豊 4/25Release 「71/71」完全生産限定盤 SRCL-6531-6537¥19,800(tax in)
DISC1.17歳の地図(‘83)
DISC2.回帰線(‘85)
DISC3.壊れた扉から(‘85)
DISC4.街路樹(‘88)「街角の風の中」「太陽の破片」も加えて収録
DISC5.6.誕生(‘90)
DISC7.放熱への証(‘92)
尾崎豊の集大成。生前に発表した全71曲、アルバム6枚をBOXにした完全生産限定盤。ワーナー音源の「街路樹」に発売当時は未収録であった「街角の風の中」「太陽の破片」も加えて収録。全71曲が網羅される。
特典:1985年に「回帰線」「壊れた扉から」のリリース時、店頭予約特典としてつくられた「Teen Beat BOOK 1」「Teen Beat BOOK 2」をもとに再編集。加筆をして「Teen Beat BOOK Special」を作成。超豪華本!!
店頭予約特典:尾崎豊としては希少価値となるポスター
店頭予約締切日:2007年3月5日(月)
全国CDショップにて絶賛予約受付中!!
Teen Beat Book 1,2は持っているけど、かなり古くなっているので
(そりゃそうだ。20年以上前の本だし…)
「Teen Beat BOOK Special」だけ欲しいもんだ。
ソニーは俺に何枚「十七歳の地図」を買わせれば気が済むんだ!
LP、CD、MD、BOX…家に5~6枚はあるぞ?
という訳で、誰か買ってください(笑
スタンプ
2006-12-06625filmがDVDとして発売が決定したとき
その情報は当然関係者にいくのだが
その中に俺の友人でもあるD君(大楽さんじゃないからなw)がいて
いち早く教えてくれた。
そして俺はあるカードの制作を依頼された。
彼と彼を中心とした仲間達が184,250人の署名を集めた。
「ファンの手で『625』をビデオ化して、ファンの手に残したい。」
ただ純粋にその気持ちだけで
多くのファン達の誰もが署名活動に無償で参加した。
D君はそんな仲間や関係者に締めくくりのメッセージを残したい、と。
俺は喜んで制作させて貰うことを約束し、実行した。
そしてこれはそのカードを郵送するための封筒のスタンプ部分。
最初は違うデザインだったけどD君の意向で
急遽「卒業」のシルエットに差し替えとなった。
深夜に描きおこしたのも今となってはいい思い出だ。
彼の夢の実現の
最初から最後まで関われたことを誇りに思う。
11.29
2006-11-29尾崎が亡くなってから5年間(10年続けたヤツ、それ以上続けたヤツもいたけど)、この時期になるとファンの手によるバースデーイベントを仲間と主催してきた。その間、いろんな人と知り合えたり、仲間になってくれたりして、日に日にアドレス帳が埋まっていった。今でも連絡を取り合っているのはそのうちのごく僅かではあっても、それ以外の連中だって仲間であることには変わりがない。
仲間の一人はある尾崎本の編集に携わった。
仲間の一人は尾崎の初期のインタビューをまとめた資料集を作った。
仲間の一人は尾崎のファンイベントを10年続けた。
仲間の一人は「625days film」ビデオ化の為に184,250人の署名を集めた。
仲間の一人は志半ばで病に命を奪われた。
仲間の一人は尾崎(の悪い部分)を真似て覚醒剤に手を染めてしまった。
仲間の一人は人生の伴侶を見つけ幸せに暮らした…
みんな尾崎が引き合わせてくれた。
時代のせいか、何かムーヴメントを起こすような集まりはなくなったけど
代わりに板の連中と知り合うことが出来た。敢えて名前は言わないけどw
それもみんな尾崎が引き合わせてくれた。
暮らしは一向に楽にはなんないけど
尾崎が引き合わせてくれた仲間のおかげでなんとかやっていけてるよ。
ありがと。
ほんとうにありがと。
そして…誕生日、おめでとう。
尾崎貧乏
2006-11-18子供の頃から収集癖のようなものがあって、今で言うコレクターみたいなことをしていた。一番最初に集め始めたのはグリコのおまけ。次にビー玉。ベッタン(関東のメンコ)。給食に出てくる牛乳瓶の紙蓋…。でも、それらは遊びの延長で増えていった物だから雑に扱っていた。コレクションという意識も余り無かったせいもある。次に意識的に集め出したのが「絵はがき」。「切手」や「古銭」に手を出さなかったのがいかにも俺らしいw。おもちゃはあまり買い与えられていなかったが、絵はがきは割とすんなり買ってくれていたような気がする。ま、基本的に旅行中のことだから両親も気が大きくなっていたんじゃないかと思う。
ま、ここまではまだいい。かわいいもんだ。
高校生ぐらいになると欲しいモノは自分で稼いだ金で買わなくちゃならない。レコードも欲しけりゃバイクも欲しい。デート代もいるし、部活も結構金がかかる。画材は高いんだ。バイトしてもなかなか…。そんなときに尾崎がデビューした。ライブに行けばパンフやグッズを買い、レコードやCDが出ればどんなに重複していようとそれも買い…ついにはギターにまで手を出してしまった。大して上手くもないのに50万もするスーパーアダマスを筆頭に安物や貰ったやつも含めて10本、アンプや宅録用のレコーダー、エフェクター類などなど…相当つぎ込んでしまった。尾崎が死んでからも尾崎本を買いあさった。イベントにも行ったし、主催もした。「のむ・うつ・かう」じゃないけどそれなりに親不孝もんだなw






