出生秘話
2012-01-17 先日、ビルローレンスのピックアップを取り付けたモーリス W-35 SPECIAL。
アンプにつないで音出し確認も済んで「こりゃええわ」状態です(笑)
さて、例のオリジナルギターがらみでいろいろ調べものをしていたら、
思いがけずW-35の出生秘話を見つけてしまったのです。
それによると…
■Morris(モーリス) モーリス・スペシャル W-35(当時、定価3万5千円)●’70年代の「モーリス」のモーリス・スペシャルです。Sヤイリが、OEMで製造しています。モーリス(モリダイラ楽器)では’70年代初期に一時期、フォーク・ブームにより需要に供給が追いつかず、寺田楽器・飯田楽器・SヤイリにOEM依頼して製造していました。●ラベルがなく、「MORRIS SPECIAL」と焼印しているのが、Sヤイリ製です。サウンドホール内のネックブロックに「35」のスタンプがあります。
だそうです。なるほど~。
前オーナーのあゆたくパパさんが入手当時こういう記事を書かれてました。
いろいろ調べても詳細がわからない、というのは
OEMで出していたからなんですねぇ。
記事で載っている写真でも解るように
ラベルが無く、焼印があり、スタンプもあるので正真正銘のSヤイリ製という訳です。
こういう素性がわかると更に愛着がわきまくりです^^
しかもピックアップはビルローレンス。
ビルローレンスといえばモーリスがライセンスを取ってギター作ってましたね。
有名どころでは…
プリンセス・プリンセス 奥井香モデル、レッド・ウォリアーズ シャケモデル で、
シグネイチャーじゃなくてもオークションで未だに結構いい値段で取引されてますね。
自分の好きな尾崎も一時期、エンドースされてたようで、
街路樹ツアーや東京ドーム公演ではビルローレンスのテレを使っていました。
まぁそういう訳で更に更に手放せない1本に相成りました。
Guitar of the year 2011
2011-12-23 去年もやったので今年もやっときましょうかね。
2010年はギブボンLPC、tkgさんに譲って頂いたストラト、
念願のF/Jエスクワイヤ、事故の示談金で買ったF/Jテレカスタム、
その余ったお金でスクワイヤのテレコー。
計5本でした。
さてさて2011年はというと…
2月 GUYATONE LG-20
この娘ほど「こすこす」した娘はいないと断言出来ます(笑)早く音が出るようにしてあげないと…^^;
4月 MORRIS WH-20 HUMMINGBIRD MODEL
手がかかったぶん愛着ある1本。45回目の誕生日プレゼントなので尚更です。
6月 SUZUKI VIOLIN CLASSIC NO.36
あまり弾く機会が無いだろうなと思ってたけど、結構手にしてました。特に夜中(笑)
8月 ERIOTH S305 STRATOCASTER TYPE
けんちゃんから譲って頂いた万能ギター。今は弟子の特訓用に貸し出し中。
8月 MORRIS W-35 SPECIAL
あゆたくパパさん調整済みの名器(笑)ほんといい音してます!
…と、なんだかんだで去年と同じ5本!
そりゃサンタも来る訳ないか^^;
来年はどんな娘と出会えるかなぁ…
生き別れの兄弟…?
2011-12-09 「実は…今まで黙っていたが、お前には双子の兄さん(この場合弟でも姉でも妹でも可w)がいるんだよ…」
なんて言われたら…
そんなドラマや漫画じゃあるまいし!と思っていたのですが、
事実は小説より奇なり、とは本当でした。
いたんですっ!瓜二つがっ!
いや、勿論俺の話ではなくて、ウチの娘なんですが…
それではご紹介します!ど~ん!
ね、ね、そっくりでしょう?(笑)
これはent*rp*ise3**0さんという方のテレコースティック(左)なんです。
10月の終わり頃、自分のテレコースティックの記事にent*rp*ise3**0さんが
コメントをくださいまして、それからちょこちょこやりとりが始まり、
初コメントから1ヶ月後に自分と同じテレコースティックを購入、
ピックガードも塩ビをカットして両面テープで貼付けているそうです^^
いや~ほんとクリソツw
んで、んで、それだけじゃなくて、
このent*rp*ise3**0さんって方は…テレマニア!
同類だ~w
これはもっと仲良くなりたいなぁと勝手に思っているんですが^^
ちょっと残念な事にent*rp*ise3**0さんはヤフーブログをされていないようで…
ent*rp*ise3**0さん、また遊びにきてくださいね^^
例のヤツが始まりました(笑)
2011-12-02娘の疑問
年の瀬も迫り、毎日慌ただしい日々を送っているが
久しぶりに娘と差し向かいで鍋をつつきながら晩酌していたときの事だ。
「お父さん、あのね…」
「ん、もっと肉入れて欲しいのか?」
「違うわよ。お父さんみたくなりたくないもん。じゃなくて…」
「違うのか?食べ盛りなんだからもっと食べないと。尤もお父さんは今も食べ盛りなんだがな、はははっ」
娘は私の下らない話に苛立を隠しきれず語気を強めて言った。
「お父さん!お母さんが亡くなったのは私が生まれてからすぐだったんだよね!」
娘は、私が男手ひとつで育てた。
妻は結婚に憧れ私と一緒になったが、苦しい生活に嫌気がさし出て行ってしまった。
娘は2歳になったばかりだった。
娘に当時の記憶は殆ど残っていない。いや、全く無いと言ってもおかしくはない。
幼少の記憶など曖昧なものだし、大人の都合でいくらでも書き換えられるケースもある。
私は妻を病気で亡くなった事にして、「どうしてウチにはママがいないの?」という娘の質問にずっと嘘をついていた。
「ちょっと前、2ヶ月ほど前の事なんだけど、友達のマドカちゃんが家族で旅行に行ったんだって。でね、そこで私を見かけたって言うのよ。でも私、そんな所行った事も無いし。だいたいウチにそんな余裕ないし。でも、いくらそう言ってもマドカちゃんは『いーや、あれは絶対アンタだった』って言い張るのよ。」
「まぁでも他人のそら似っていうか、自分にそっくりな人は世の中に3人はいるって言うからなぁ…」
平静を装っていても私はあきらかに動揺していた。
手が震えていたのでコタツ布団の中に突っ込む。が、肩の震えは隠せない。
「父さん疲れたから先に寝るぞ」と言い残し居間を出た。
布団に入ってもなかなか寝付けなかった。
私は娘に16年間ずっと黙っていた事がある。それは…
つづくw