前書きにかえて
2007-04-16♪君とよくこの店に来たものさ
訳も無くお茶を飲み話したよ
学生で賑やかなこの店の
片隅で聴いていたボブ・ディラン…
(学生街の喫茶店/作詞・山上路夫)
以前喫茶店の話をしたかもしれないけど、
通勤途中に聴いているFMから喫茶店の話題が流れていたので、
思い出した事を…歌とは全く関係ないけどね(笑
俺が26歳から30歳ぐらいの間に勤めていた会社の近くにある喫茶店。
元々は煙草屋だったのを娘が引き継いだ時に喫茶店にしたらしい。
娘といっても団塊の世代なので華やかさは無かったが…
珈琲と紅茶と昼のランチ。
あまり明るくない店内。
間違っても若い連中は来ない、そんな喫茶店だった。
仕事を終え店に立ち寄ると大抵ビールを出される。
その時入り口の「営業中」という札はひっくりがえしてある。
昼は喫茶店で、夜はスナック、というのはよくあるパターンだが、
その店はあくまでも「純喫茶」なのだ。
営業ではなく、プライベートっていうのが
久美さん(バーでもスナックでもないのでママと呼ばれるのが嫌らしい)の口癖だった。
久美さんは簡単なつまみからちょっとした料理(やきうどんかだし巻きが多かったけど…)も出してもくれるのだけど、勘定は千円を超える事は無かった。
ビール代にもなっていない。
完全な持ち出し。
まぁ、他の客からしっかりとっていたんだろうけど、
喫茶店だから無茶できるはずもなく…
よくあれで成り立っているなと思っていた。
仕事の愚痴も一杯訊いてもらったし、
金がない時も、催促無しのあるとき払いでいいと言ってくれた。
煙草が切れると
「うちは煙草屋だったから煙草は売る程あるんよ」と言いながら
新しいパッケージから1本だけ抜き取り、火をつける。
そして「残りはあんたにあげる」と手渡してくれたりもした。
ああ、そういえば「これ着なさい」って
自由業のオジサンが着るようなセーターをもらったこともあったっけ。
でも、何かをしてくれ、なんて一言も言われなかった。
俺が新しい事務所に移る事になった時、久美さんが初めて俺に注文してきた。
「休みの日に一緒に買い物に行きたい」と。
当日、大阪の中心地にある商業施設で待ち合わせ、ブティックを廻ったり、
靴やハンドバッグ、宝飾類を見て回った。
俺はそうやって振り回されることは覚悟していたけど、
これほど忍耐力と体力がいるとは思わなかった(笑
ランチもそこそこに久美さんは歩き回る。
でも、何も買わなかった。
そろそろ日も暮れようかという頃に
久美さんは俺に「何かプレゼントをしたい」と言い出した。
転職祝いと、その日一日付き合ってくれたお礼がしたいと。
今ならネクタイの1本でも買ってもらっていた方がよかったと思える。
別れ際、「遠慮しなくてもいいのに…」と言った久美さんの声が
やけに切なかった気がしてならない。
この店でいくつかのエピソードが生まれ
俺はそいつらをまとめて「Maria」を書き上げた。
もうとっくにここに載せていたと思っていたけど見つからなかったので
もう一度載せておこうと思う。
このエピソードに久美さんは登場してこないが
俺とMariaのやりとりを優しい目で見ていたんだ。
無題
2007-02-19朝起きて仕事に行って、帰って来たら風呂入って飯食って寝る。
休みの日は殆ど外出する事なくひたすら睡眠。
もうどれぐらいこんな暮らしを続けているんだろう。
なんのためにこんな暮らしを続けているんだろう。
会社の同僚が先週の週末からリフレッシュ休暇をとった。
今日から心療内科に通うと言っていた。
壊れてからじゃ遅いんだぜ?
俺が何度も忠告したのに。
幸か不幸か、どんなに疲れてもまいっていても
今まで壊れた事が無い。
だから休めない。
休みたくても休めない。
でも、それはそれでいいんだよ。
本当に休みたいわけじゃないから。
ただ、この暮らしを続けていく理由とか証が欲しいだけなんだ。
君がそばにいるから
たったそれだけの理由が欲しいんだ。
なんだかなぁ…
2007-01-12誰の心の中にも狂気はある
それは否定できないし、するつもりもない。
だけど最近頻発しているバラバラ殺人事件に
正直驚きを隠せない。
人を殺す行為と遺体を切断する行為のわずかな隙間に
少しでも犯人の「人としての良心」があったなら、と思う。
こんな犯罪例がこれからもっと増えていくのかもしれない。
それはそれでとても怖い事だけれど
その事に慣れてしまって無関心になってしまう事の方が
もっと怖いのだ。
人の心の闇そのものを見る事は出来ない。
せめて闇の中ぽつんと光る白動販売機ぐらいの明かりでも
その人を照らしてあげたいと思う。
君への手紙
2006-10-30ねぇ、初めて君の声を聞いたよ。
温かい感じがしたよ。
まるですぐ隣で喋っているように
君を感じることができたんだ。
君と喋りながら
もう一人の君とも話すことができたんだ。
君は気付いていたかい?
君はこんな事を言ってた。
私のせいで人に迷惑はかけられないと思って
人に気を使って…
でも自分の心を押さえつけるのはもう限界かも。
私だって言いたいことは沢山あるの。
でもそれを言ったら誰かが傷付くの…って。
ねぇ、君と僕は
今までまるで違う道を歩んできたはずなのに
痛いほどその気持ちが分かる気がするんだ。
傷ついた体を癒すことは出来ないかもしれないけど
傷ついた心も癒すことは出来ないかもしれないけど
痛いほどその気持ちが分かる気がするんだ。
ねぇ、君は君のために生きているんだよ。
今君がいる環境は、君が無理することを前提に成り立っているんだよ。
もうそろそろ君自身を解放してあげて。
たとえ新たな傷みが君を襲うとしても
たとえ新たな虚無が君を襲うとしても
立ち向かう力を君は手にしているんだよ。
気付いていないかもしれないけど。
僕はいつでも君の味方だよ。
そしていつまでもここにいるから。
clips
2006-10-19僕の手は
君を殴ったりなんかしない
頬を伝う涙を拭ったり
震える肩を抱きしめるためにあるんだ
僕の耳は
君の声を聞き逃したりしない
どんな小さな叫びでも
キャッチできるんだ
僕の唇は
嘘をつかない
そんな暇がないぐらい
君に口吻たいんだ
でも僕の心は
僕を裏切るかもしれない
それが怖くて仕方ないんだ
独言
2006-10-12運命って何なんだろう。
運命なんて自分で幾らでも切り開いていくことが出来るって言う人がいる。
運命なんて神様が仕組んだことだから受け入れることしか出来ないって言う人もいる。
僕の運命はどっちなんだろう。
どっちでもあり、どっちでもないんだろうな。
毎日を何とかやり過ごしているだけで、前も後ろも、右も左も見ていない。
今までに身につけてきた方法論や選択肢なんて何の意味も持っていない気がする。
かといって新しい価値観を見いだそうともしていない。
ただ、
君に伝えたい言葉が嘘でないことを願うばかり。
僕が僕をこれ以上裏切りませんように。
親父の一番長い日。3
2006-09-06ようやく病院に着いた。
駐車場に乱暴に車を押し込み、総合受付で親父の居場所を確認する。
「救急センターの3番窓口に言って下さい。」
ソファーに母親が座って待っていた。
冷静さを取り戻していたのだろう、もう泣いてはいなかった。
彼女は親父が倒れた経緯を説明する。
思い出したくもない光景を伝えなければならない、その辛さを俺は忘れてはいけないと思った。
何のため、という訳でもないけど。
「処置室にお入りください」というアナウンスが流れた。
医師の説明を受けなければならない。
部屋に入ると担当医が撮ったばかりのレントゲンを前で眉間にしわを寄せて座っていた。
「まず、緊急に手術を行う必要があります。」
彼は説明の前にいきなりそう言った。
俺と年齢はあまり変わらなさそうな、小太りの男だ。
彼は紙に内臓の位置を示す絵を描きはじめ、
食道から肛門に至るまでの消化器官系の解説まで喋った。
「わざわざ説明してくれなくても、そんなことは誰だって知っていることじゃないか」
親父の一番長い日。2
2006-09-04親父は原付バイクで通勤している。
勤め先に行くには幹線道路を走らなければならない。
巻き込み事故にもあったのだろうか。
普段は冷静で、少々のことでは動じない母親が泣きながら電話してきたということは、かなりのダメージがあるのだろう。
生きていないかもしれない。
そんなことを考えているうちに信号が青に変わった。
ハンドルを切る手が変に汗ばんでいた。
いくらも進んでいないのに車がまた止まった。
俺は煙草で気を紛らわせようとしていた。
無意識のうちに出てくる不安な気持ちを吐き出すために煙草の煙を思い切り吸い込む。
「まだ孫の顔どころか結婚式にも出てねーじゃねーか」
親父の一番長い日。
2006-09-04先週の金曜日、会議中の俺に家から電話がかかってきた。
母が泣きながら病院に行くようにと。
詳細はわからない。
ただ、親父に何かあったことだけは理解できた。
しかもかなり悪い状況だということも。
俺は急いで会社を出て、車に乗り込んだ。
運転しながら数日間の仕事の段取りを指示する。
ひょっとしたら一週間は出てこれないかもしれないからだ。
「そんなに大声出さなくても聞こえていますよ。」
電話の向こうでスタッフが言う。
冷静なつもりだったが気が立っていたのか。
「ああ、こんなところで焦って事故でも起こしたら大変なことになる。」
時計を見ると2時を回っている。
いつも使う道が混雑する時間帯だ。
回り道することも考えたが、そこが渋滞していないという保証もないので、そのまま進んでいくことにした。