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2006-06-27彼女は生まれて初めて夜を買おうと思った
けれどそれが一体どういうことなのか
解らなかった
彼が言ったとおりショーウィンドウには
彼女の求めるものは
何一つなかった
音の割にはスピードのでないバイクで
走り回ることや
知らない男の下で天井を見てることで
夜を買えるとは思えなかったが
彼女の友達の多くはそうしていた
「一体何が必要なんだろう?」
道の端から腰を上げた彼女は
朝がくるまで歩き続けることにした
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2006-06-24或る撮影の帰り道
簡単な機材を背負って自転車を走らせていた
目的地はまだ遠い
頼りのないライトは
仕事を終えた水商売の女のように
走って行く先々を無機的に照らした
何台もの無神経な車が僕を追い抜いていく
そのスピードの差がまるで周りの人と自分自身の
人生の差なんだと言われているような気がした
線路はとても静か
終電車はとうの昔に行ってしまった
ドーナツショップのウェイトレスが
眠たげな瞳をこすっていた
橋の上で
哀しげなストーリーが流れている川を見たとき
昨日の君との少しだけ物憂い会話を思い出した
不安定なスピードで街は流れていく
目に映る全てのものが僕を呼んでいるような気がしたが
手にしたカメラのシャッターを切ることはなかった
部屋について
毛布にくるまった僕は
へばりついた疲労が薄れゆくのを感じながら
無意識のうちに刻み込まれた
このフィルムを
現像することなく
忘れてしまうだろう
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2006-06-24それ以上
煙草で時間を弄ぶことに苦痛な彼は
部屋を出た
疲労をまとったトラックがまだ走っていた
彼は孤独を感じた
暫く歩くと警官が職務質問をしに近づいてきた
「名前は?」
「生年月日は?」
「仕事は?」
「住所は?」
「電話番号は?」
「こんな時間になにをしているんだ?」
彼は目を閉じた
「調律の時期だ。」
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2006-06-21人の悲しみやエゴを呑み込んで
だんだん汚れていく海
中途半端なエコロジスト達が沢山
どうしようもなくやりきれない夜
君はずっと傍にいてくれた
何も言わない、何も聞かない
ただ黙って全てを受け入れる
ああ、もし僕が君なら
何もかも拒絶してしまうのに
苦し紛れに投げつけた煙草でさえ
静かに受け入れる
「早くおうちに帰りなさい、坊や。」
消しても消しても生まれてくるモノを
投げつけては
打ちのめされる
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2006-06-20人影疎らなファミリーレストラン
深夜のコーヒーが
より一層僕を孤独にする
こんなことならコンビニで
立ち読みでもしていれば良かった
いや、それよりあのまま朝まで
目覚めなければ良かったんだ
タクシーさえ通らないこんな時間に
一体何をしているのだろう
君に電話なんかしたらそれこそ
三ヶ月は口を利いてもらえそうにない
ただでさえこの間喧嘩したばかりなのに
さっき大きな欠伸をしたウエイトレスが
ぼんやりと時計を見ている
「アト、モウスコシ・・・」
効き過ぎる冷房のお陰で
手が冷たくなってきた
これ以上ここに留まっていることはない
やっとのことで重い腰を上げる
店を出ると生暖かい空気が僕を包む
バイクにまたがって
朝を待つ他何もすることがない部屋に戻る
せめて新聞でも入っていたら
少しは時間もつぶせるのに
さっきのウエイトレスの様な欠伸をして
交差点を左に曲がった
自分を見失ったとき
2006-06-20同じような日々の繰り返しのなかで、時に自分自身を見失いそうになるときがある。
10代よりも20代よりも30代よりも今のほうがそういった感覚に陥ることが多いような気がする。
なんだか逆行ばかりしている気さえする。
普通、青年期のほうが迷ったり悩んだりする中で自身を見失ってしまうのだろうけど、
それでもそれを乗り切る若さがあった。
そして根拠の無い自信もあった。
けれども今はどうだ。
確かにいろんな問題が起こっても今までに手にしてきた選択肢や方法論で切り抜けることは出来る。
だが、それだけだ。
俺も随分ずるくなったな、と思う。
そうして知らず知らずのうちに心の闇に足を踏み入れてしまっている。
気がつけばまわりがぼんやりと薄暗く、機械的な、
そして単調な音が微量な音量で流れているような部屋に独りうずくまっている…
10代の時、家を出て友達の家を転々としていたことがある。
20代の時は尾崎が亡くなって数ヶ月ヒッキーになったこともある。
30を過ぎると流石にそういったことは無くなったけど、
さっきのような感覚を無意識のうちに感じるようになっていた。
酒を呑んだり、友人とバカ騒ぎもするんだけど、心から楽しめない。
いつももう一人の、っていうか本当の自分みたいな奴が醒めた目で俺を見ているんだ。
そいつも多分俺自身なんだろうけど、そいつの存在が俺を憂鬱にさせる。
なんで俺は俺をいじめるんだろう…そんなに俺は堕ちた暮らしをしているのだろうか…
突然その部屋に光がさした。
柔らかだけど確かな光だ。
ゆっくり目を開けるとぼんやりとした輪郭だけがなんとなくみえる。
ようやく眩しさに馴れた目で見てみると君だった。
けれど、まだ見ぬ君だったんだ。
君は手招きして俺を呼んでいる。
だけど長い間うずくまっていたから体が思うように動かない。
よろけながら君のほうへ行こうとしている。
結構必死だったりする。
名前もわからないのに、大声で君を呼んでいる。
やっとの思い出君の手をつかんだ瞬間……目が覚めた。
俺が板を訪れるのはそんな夢のせいかもしれない。